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松山地方裁判所西条支部 昭和42年(タ)11号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 宮崎忠義

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 二反田真一

主文

一、原告と被告とを離婚する。

二、被告は原告に対し、金五〇〇万円を支払え。

三、被告は原告に対し、金二、三七一万一、六六三円を支払え。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決は右第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

(甲)  申立

(原告)

一、原告と被告とを離婚する。

二、被告は原告に対し金五〇〇万円を支払え。

三、(一) 被告は原告に対し、別紙物件目録一ないし三記載の物件を引渡し、且つ財産分与を原因とする各所有権移転登記手続をせよ。

(二) 被告は原告に対し、金四〇五万円を支払え。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決、並びに右第二項につき仮執行の宣言。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

第一、≪証拠省略≫によると、原告と被告は昭和二五年一二月二一日婚姻の式を挙げて同棲し、昭和二九年二月一五日婚姻(以下第一回婚姻という)の届出をした夫婦であるが、その後昭和三九年八月二一日協議離婚(以下第一回離婚という)の届出がなされ、更に昭和四〇年七月二四日再び婚姻(以下第二回婚姻という)の届出がなされていること、並びに原告と被告との間には昭和二六年一一月二一日長女咲子が、昭和二九年七月二五日長男一郎が出生したことが各認められ、これに反する証拠はない。

ところで、≪証拠省略≫によれば、右第一回離婚は昭和三八年ごろより被告に乙山某という女性と異性関係ができた上、被告が飲酒して原告に対し辛く当るので暫時原告において子供達を連れて別居中、丙川五郎が仲介に入り、原告に対し離婚届用紙を示し、届出はしないからこれに署名丈はしてくれるようにと申込み、原告がこれを拒るや右丙川五郎において被告の顔もたてなければならないことだからと申し向けるので、原告は右離婚の意思もなく届出の意思もないのに右丙川五郎の言を信じて右署名に応じたところ、原告の意思に反し、その不知の間に勝手に離婚の届出がなされていたものであって、又右第二回婚姻は仲介人の努力により右離婚につき無効の訴を起す等正式の手段を採らず、便宜上再度婚姻届をすることによってもとのさやに収めることとしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、右第一回離婚の届出はたとい原告の署名ある届出用紙を以てなされたとはいい条、前記事情のもとにおいては被告の乙山某に対する所謂見せ証としての意義を有するに止まり、原告において何ら離婚の意思もその届出の意思もなくなされたにすぎないものと看るべきであるから、右第一回離婚は法律上当然無効といわざるを得ない。而して又、右第二回婚姻も原告において右第一回離婚の届出がなされたことが判明した後、単に戸籍の体裁を整えるために便宜上婚姻届の形式を採ったものであって、原告において右第一回離婚の届出を追認する意思でもなく、又同離婚が法律上当然無効であるとすれば、第二回婚姻の届出が原告及び被告の意思に基づいてなされたかどうかを問題とするまでもなく、特にそれによって新たな法律効果を生ずる余地がないという意味において当然無効であるといわなければならない。

かくて、本訴においては第一回婚姻の届出によって成立した原告と被告の婚姻関係が継続するものとして原告の求める離婚原因が存在するかどうか判断する。

第二、≪証拠省略≫によると、昭和二五年ごろ被告は○○商店へ店員として勤務していた原告と所謂職場結婚をしたのであるが、被告が○○醤油へ勤めるようになった昭和二八年ごろから原告は家計を助ける為石油コンロ及び石油の外交販売を始め、その後原告の父より借りていた愛媛県○○○市○○町の家でプロパンガスの販売を始めるようになったところ、昭和三二年一一月一四日ごろガス充填に失敗して火災を起したが、これにめげず、右の火災保険金五〇万円とその父より借り受けた金一〇〇万円をもとでに、同市○○○町×丁目に移転し、○○プロパンの商号のもとにプロパンガス販売を続け、右営業は順調にのびて行き、同市○○△△に支店を設けるに至ったが、やがて勤めをやめともに右営業を行うようになった被告は右営業が潤うようになった昭和三七、八年ごろから一ヶ月中数日を残して殆んど酒色に溺れるようになり、帰宅しては原告や子供達に対して殴る等の暴力を振い、時としてその難を免れる為原告は子供二人を伴い親子三名で知人の軒下で夜を明かしたこともあり、剰つさえ被告は女色に耽けり、昭和三八年ごろからは近所の未亡人乙山某と異性関係をもつようになったため、前記のとおりその意思のない原告をさしおいて勝手に第一回離婚の届出をし、再びもとのさやに収まるや、今度は同じく近隣のホステス丁田春子と関係をもち、遂にその間に一子を設けるに至り、原告に対しては尚暴力をやめないので、原告は昭和四二年三月ごろ子供達を伴い右○○○町の本店を出て、右△△の支店近くで借家して生活し、遂に原告は被告との婚姻生活を解消すること、即ち離婚を決意するに至ったこと、最近では被告は右本店において右丁田春子と生活を共にするに至り、同所には原告の立入りを拒否していることが認められるところである。被告は原告が同市の某ダンスホールへよく出入りし男関係が多く、これが近所の噂となり家に居れなくなった為家を出た旨供述するがにわかに措信することができず、又被告は丁田春子と関係をもつに至ったのは原告が家出をした後のことで原告と被告との婚姻関係が事実上破綻に陥った後の事であるから何らやましいところはない旨供述するが、原告の家出は前記のとおり被告の同居に耐えないような暴力等に基因するものであって、その婚姻関係の破綻の原因は一に被告の責に帰すべきところであって、いわば原告にとっては踏んだり蹴ったりの状態というべく、社会常識上容認し難い不倫の関係であるといわなければならない。

≪証拠判断省略≫

以上のとおり、被告の前記所為は民法第七七〇条第一項第一、第二、第五号のいずれにも該当し、原告が遂に被告との離婚を決意するに至った事は誠に無理からぬところとしなければならない。

第三、前項のとおり、被告はその不貞行為、同居に耐えない暴力等による追出し、即ち悪意の遺棄により原告との婚姻関係を破綻に導いたものであって、その責任は大きく、その程度並びに婚姻関係の期間等諸般の事情を考慮すると、長期間忍従を強いられた原告の精神的苦痛は大きく、これを金銭に見積ると金五〇〇万円を以て被告をして慰藉させるのが相当である。

第四、つぎに、原告と被告がその婚姻共同生活において得た財産の分与を検討する。

一、原告は本訴において財産分与として別紙物件目録一ないし三記載の物件の引渡と、プロパンガスボンベ時価の半分の支払を求めている。

ところで、財産分与(民法第七七一条第七六八条第二項参照)はもともと家事審判法第九条第一項乙類第五号に規定する審判事項であって、本来は訴訟の対象とならないものであるから、元来裁判上の離婚の場合における財産分与の申立は人事訴訟手続法第一五条第一項ないし第三項の規定がなければ、離婚の判決確定後に改めて家庭裁判所に財産分与の申立をすべきものである。けれども、右財産の分与は夫婦の一方が提起する離婚の訴において形成される離婚とは密接不可分の関係にあり、同時に解決するのが便宜であり、且つ手続的にみても経済的なので、右のように人事訴訟法第一五条第一項ないし第三項の規定が設けられ、離婚の訴に併合して財産分与の請求が許されたのである。従って、この場合の財産分与の申立は形式的には訴訟に準じて取り扱われるが、その実質はあくまでも審判事項の申立であり、右財産分与の申立事件は非訟事件であるから、その申立の趣旨は訴訟の請求の趣旨とは性格を異にし、単に抽象的に分与の申立をすれば足り、たとい具体的な分与の申立があっても、受訴裁判所は右申立の趣旨に拘束されることなく、家庭裁判所が審判をする場合と同様、その申立の趣旨は単なる参考資料にすぎず、その額および方法は広く裁判所の裁量に委ねられるものである。そうであるとすれば、裁判所は申立の趣旨を超過する額を定めることができるし、又申立の趣旨を減ずる額を定めても、判決主文で「その余の請求を棄却する。」旨の宣言をする必要もなく、ただ判決主文で宣言する額を理由において明らかにすれば足りるものというべきである。

而して、財産分与請求権は、そもそも夫婦は婚姻継続中は一体を為し社会的に活動するものであって、一般に夫婦の一方が婚姻中に自己名義で得た財産も直接間接には配偶者の協力があって始めて取得され維持されたものであるから、配偶者はその取得又は減少防止に協力した点においてその財産につき一種の持分的権利を有するものであるが、一旦婚姻関係が破綻に帰した場合には右持分を表面化し、これが取戻を財産分与という形で認めたもの、即ち夫婦財産関係の清算であることを中核とし、併せて夫婦は婚姻中は相互に扶助協力し合うものであるが、これが離婚に立ち至った場合には一方の配偶者にとっては右の相互扶助の期待を喪失させるものであり、忽ち路頭に迷うおそれもあるから、その場合にこれが期待を延長させるというのであって、つまりは他方配偶者の離婚後における扶養の性格を持ち、更には、現今の我国の実情からすれば離婚するに至らしめた配偶者に対する慰藉料請求の性質も含む面があり、その場合には右財産分与請求にこれが性質を有することも否めないけれども、そもそも右慰藉料請求は有責配偶者に対して不法行為責任を追求する法的効果としての損害賠償請求権がその本籍であるから、財産分与請求の右二つの性質とはいささかこれを異にし、殊更に一方の配偶者が審判ないし訴訟において右財産分与と区別し慰藉料の請求をした場合には、これが請求の形式も又これを認めて然るべく、この場合には右財産分与の請求としては右慰藉料としての性質を除いたものとして考えその分与の方法及び額を定めるべきであると考える。

而して又、本件の場合原告の求めるものは別紙物件目録一ないし三記載の物件の引渡とプロパンガスボンベの時価の半分の支払を求めるというのであるが、右は別表にみるとおり、原告と被告の間の夫婦共有財産のほんの一部にしかすぎず、そもそも財産分与の方法及び額を定めるについては、夫婦の年令、学歴、職業、婚姻継続期間、子供の数の他、離婚後の生活能力、共有財産の種類及び額、特有財産の多寡、離婚後における財産の取得能力、離婚原因等の一切の事情が考慮されなければならないから、右一部の財産のみを念頭において判断することは到底できず、原告の右一部財産分与の申立は前記のとおり単に抽象的に財産分与の申立があったと看、それは単なる参考資料であると解しつつ、裁判所はこれに拘束されることなく、夫婦共有財産の全てを基礎にし右の一切の事情を斟酌してその分与の額及び方法を定めることとする。

二、(一) ≪証拠省略≫によると、被告が昭和三二年一二月二〇日別紙物件目録一記載の物件を、昭和三四年五月二七日同目録二記載の物件をいずれもその名義で買受けていること、昭和三三年ごろ原告と被告が同目録三記載の物件を建て被告名義で同年一二月一七日保存登記をしたこと、並びに昭和四五年七月当時の同目録一及び二記載の土地の価格は坪当り(三・三平方米当り)金六万円、同目録三記載の建物の価格は坪当り(三・三平方米当り)金二万円であることが認められるから、右当時の同目録一及び二記載の物件は金三〇五万〇、一八一円(一六七・七六平方米)、同目録三記載の物件は金六五万七、九三九円(一〇八・五六平方米)であるところ、日本不動産研究所編の「六大都市を除く地域別市街地価格推移指数表」によると商業地の昭和四五年九月当時の指数は一、四五三、昭和四九年三月当時の指数は二、四七一である(昭和三〇年三月を一〇〇とする)から、これを斟酌すると、本件口頭弁論終結時(昭和五〇年五月八日)少くとも右各物件は約一・七倍の騰貴をみていると考えられるので、同目録一及び二記載の物件は少くとも金五一八万五、三〇九円、同目録三記載の物件は少くとも金一一一万八、四九六円と見ることができる。≪証拠判断省略≫

なお、被告は右各物件の他、原告と被告の共同財産として同目録四ないし十記載の物件も挙げるけれども、右目録四、五記載の物件はいずれも昭和四八年一二月一九日、同目録六記載の物件は昭和四四年八月一三日原告が各買受けたものであること、同目録七記載の物件は昭和四五年八月一五日原告が新築したものであることが≪証拠省略≫によって認められるところ、これら物件はいずれも原告が被告との婚姻共同生活を事実上断念するに至った前記昭和四二年三月以後原告が取得したものであって、原告がその子供達を伴い被告と別居中にその独自の稼働によって得た特有財産というべきものであるから、これは現に原告と被告との夫婦共有財産に組入れるのは妥当を欠ぎ、又、同目録八ないし十記載の各物件は昭和三二年一二月一〇日被告がこれを藤井順に売渡済のものであることが≪証拠省略≫によって認められるから、右各物件は他に移転し現にこれを原告と被告の夫婦共有財産と看るのも相当ではない。

(二) つぎに、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年三月一八日現在の原告と被告の共有財産は別表(3)ないし(10)であり、負債は同表(12)と○○○信用金庫よりの借入金一一〇万円であったこと、並びに○○プロパン本店及び支店の得意先は約三、〇〇〇戸ありこれを営業権として見積ると金一、五〇〇万円(一戸当り金五、〇〇〇円とする)が相当であること、以上合計金二、七五七万円であることが認められ、その後に右財産の増加も減少もこれを認めるに足りる証拠はないけれども、なお、右当時以後の物価騰貴を考慮しても、原告と被告の共有財産は右当時のものが現在もそのまま現存すると見、現在最少限度見積っても右金二、七五七万円の程度は存在するものと看て差支えないと思われる。

なお、その他、≪証拠省略≫には、昭和四二年四月住友生命保険契約解約金一五万九、〇七七円を原告において子供の教育費として使用し、同年五月第百生命保険契約解約金三万一、七五〇円と金一万〇、二二八円を被告が費消し、又星山講金四〇万〇、六〇〇円を同年四月一七日、木下講金五二万円を同年同月四日原告が落札して費消し、これが各掛金はその後も原告において支弁していた旨の供述部分があるが、右生命保険解約金の部分については別表の各項目には当初から算入していないし、又右頼母子講金も後日の掛金の支払を以て収支相償われるものと考えられるから、右共有財産に殊更組み入れる必要はないと考えられるのである。

≪証拠判断省略≫

三、以上、原告と被告の夫婦共有財産は現在右二(一)及び(二)の合計金三、三八七万三、八〇五円相当のものが少くとも存在すると考えられる。

而して、前記第二項認定の事実に、なお≪証拠省略≫を綜合すると、(イ)右の財産は主として原告の内職から始まり原告が凡そ一五年以上に亘り黙々と築き上げてきたものであって、その労を多とするものであり、(ロ)他方被告は女狂いが多く、しかも飲酒の上原告に暴力を振い、遊興にふけることが往々で、右資産の構築には余りみる努力はないこと、(ハ)右被告の暴力に追われた原告は昭和四二年当時一六才であった長女咲子、一三才であった長男一郎を連れて別居し、その後は全く独立した生活を強いられて来、又右二人の子供を大学に進学させる等成人に達するまで殆んど独力で養育し、その経済的努力にも並々ならぬのがあったこと、(ニ)右独立してからも原告はプロパンガス販売業を続け、現在に至るまでに別紙物件目録四ないし七記載の物件を取得するに至っていること、(ホ)しかしなお、同目録一ないし三記載の物件には現在被告がその愛人丁田春子と生活を共にし、その間に一子をもうけ、原告とは別にプロパンガス販売業を営んでいること、(ヘ)右目録一ないし三物件は同一地域内に存在しこれを分割することは不可能であること等が認められるので、これらの事情を勘案するに、まず原告も現在独立して生計をたてうる程の生活の本拠と経済力を有していることから、同目録一ないし三記載の物件はこれを現実に原告に引渡すとか、これを分断する等のことは断念してその時価を評価し、他の資産項目に加えてその総体の割合を以て財産分与の額を決めるのが妥当であるし、これについては右原告の長期間忍従を強いられながら夫婦財産を構築してきたその尽力の程度、子の養育に捧げてきた費用等諸般の事情を考えるとき、右共有財産の合計金三、三八七万三、八〇五円は極めて大雑把な数字ではあるが、その七割方である金二、三七一万一、六六三円を原告に分与させるのが相当であると考える。

第五、以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴離婚の請求及び慰藉料金五〇〇万円の請求はこれを認容することとし、併せて財産分与として被告をして原告に金二、三七一万一、六六三円を支払わせることとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を、右慰藉料給付を命じた部分の仮執行宣言については同法第一九六条第一項を各適用の上、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 宗哲朗)

〈以下省略〉

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